駅弁の魅力

駅弁をさらに楽しむ 駅弁之心得 虎之巻

戦雲うずまく味の陣。
生き残りをかけ夢をかけ、しのぎを削る駅弁に、こよなく敬意を払いつつ、信ずるものは己のみ。
己の舌の感覚に、磨きをかけしもののふの、駅弁道を突き進む、その心得は伍箇条の、胸に刻みしご誓文、天に向かいて唱うべし。

  1. 五感によって
    味わうべし

    駅弁を食すること、ゆめゆめおろそかにするなかれ。それ即ち、全身感覚による総合体験なり。味覚・嗅覚・視覚・聴覚・触覚を研ぎ澄まし、駅弁を食する一時にその五感を注ぎ込み、さらには「共感覚」をも引き起こすべし。共感覚とは、ひとつに「色味」といいて味覚から視覚を感じ、ひとつに「色香」といいて嗅覚から視覚を感じる類いのものなり。

  2. 風土とともに
    食すべし

    駅弁はその土地の気候・地形・水・土壌・植生など、即ち「風土」より生まれたり。さらに「文化的風土」「精神的風土」の例えのあるごとく、風土とは土地の伝統・文化・気質なども意味するものなり。しかして駅弁を食するとは、風土を体感することなり。その土地の風に吹かれ、人情の機微に触れつつ食することをもって駅弁の本意とするものなり。

  3. 仮想現実も
    楽しむべし

    「いまじねいしょん」を喚起し、あたかもその土地を訪ねたかのごとき気分に浸れることも駅弁の際立つ美質なり。もとより駅弁は風土より生まれしものなれば、食材・調理・調味・盛り付け・彩り等々に、自ずと風土の特色は現れたり。何時も何処でも、食するをもって旅にいざなう駅弁の底力。心して「ばあちゃる・りありてぃ」を存分に楽しむべし。

  4. 列車の旅を
    本道とすべし

    前記の仮想現実体験も駅弁の特質なれど、その本義からして、また駅弁体験が至上の思い出となることを踏まえ、駅弁は列車の旅において食することを本道とするものなり。旅の途上、駅弁を買い求め、車中において包装を解き、車窓の景色を楽しみつつ食するは、格別にして唯一無二の体験なり。駅弁と旅とは不可分にして、相互関係にあるものなり。

  5. 掛け紙を
    鑑賞すべし

    掛け紙とは何ぞや。駅弁本体を外から巻くようにして包みたる紙なり。掛け紙自体は味覚とは関わりなけれども、掛け紙なくして駅弁あらずと巷間言われるごとく、駅弁における掛け紙は駅弁の「存在理由」に関わる看過すべからざる要点なり。掛け紙を鑑賞すべし。駅弁に掛ける思いは掛け紙に現れたり。食欲をそそる仕掛けも掛け紙に込められたり。

駅弁をさらに一段と楽しむ ゆかりの武将が語る
地域の味力

群雄割拠の食の国、みちのくからお江戸まで、天下にとどろく武将あり。百戦錬磨のつわものや、名将・知将・若武者と、人となりは異なれど、
味の陣への思いはひとつ、「食されよ」。聞け、かくして味わえ。ゆかりの武将がのたまふ、地域の食の底力。

  • 海鮮斎 舟盛(かいせんさい ふなもり)
    北東北代表

    海鮮斎 舟盛(かいせんさい ふなもり)

    みちのく新鮮海の幸、「んめもの」大漁、海鮮斎

    海の幸に恵まれた北東北を代表する武将。「しばれる」気候と荒波の中で育ち、新鮮・美味な「さがな(魚)」の魅力のトリコとなる。「イキの良さ」が身上。長じて広大なみちのくを戦場として*陸奥(青森)・陸中(岩手)・羽後(秋田)を手中におさめ、満を持して「味の陣」に出陣。特産のサンマ・アジ・サバからウニ・イクラ・アワビ、さらにハタハタ、ブリコ(ハタハタの卵)まで鮮度の高い食材を自在に操り、勝負を掛ける。知略に優れると伝えられるが、あるいは*サバ・マグロ・ブリなどの青魚を幼少の頃より摂取したためか。前身は漁師だったとも「海鮮問屋」を営む商人だったとも言われる。あるいはまた北東北の漁師を育成する「漁(すなどり)塾」の塾生であったとも言われ、刺し網や釣りの仕方を塾で学んだとされるが定かでない。海産物で殖産をと、ワカメの養殖に取り組む。

    • ※歴史的記述・食材の記述に関しては、諸説あるものもございます。
  • 火炎 肉汁郎(かえん にくじゅうろう)
    南東北代表

    火炎 肉汁郎(かえん にくじゅうろう)

    肉の旨さを極めんと、その身を焦がす肉汁郎

    肉の旨さに目覚め、その旨さを極限まで追求することを誓う南東北の武将。肉質とともに徹底して「焼き」にこだわり、古今東西の多彩な焼き方を研究して会得。西洋のグリル(焼き網)を南東北に持ち込んだ先駆者とも言われる。戦国時代、肉といえば野生の鳥獣肉(今日のジビエ)が常識のなか、城下町米沢の牛肉にいち早く着目。後世、米沢牛は「日本三大和牛」の一つとなり、南東北にあってはそのほか山形牛・福島牛・仙台牛なども銘柄牛として名を連ねる。また肉に合うご飯を求め、「肉系弁当」の開発に先鞭をつける。肉と地米(じごめ)の相性を見抜いたのも先見の明。後世、宮城「ササニシキ」「ひとめぼれ」、山形「つや姫」などの銘柄米が生まれ、「冷めてもおいしい」と駅弁に愛用されることとなる。戦国武将随一の美食家・伊達政宗を崇拝。「少しも料理心なきはつたなき心なり」などの金言を胸に、肉汁たっぷりの料理の創案に打ち込む。

  • 老舗守 重鎮(しにせのかみ じゅうちん)
    甲信越代表

    老舗守 重鎮(しにせのかみ じゅうちん)

    甲信越の食に「愛」、年季の入った老舗守

    百戦錬磨のつわもの。軍略の巧みさにおいて一目置かれ、全国に名を轟かす。甲信越を舞台に幼少の頃より出陣し、越後の上杉謙信と甲斐の武田信玄が争った川中島の戦いにも一兵卒として参加。上杉・武田いずれの軍に属したのか定かでないが、目覚ましい働きをしたと古文書に伝わる。信州・真田家も含め、数々の名将に仕え、やがて一国一城の主となる。天下を狙える器量と言われながら、「義」に徹して自ら侵略することをいさぎよしとせず、中立を守る。甲信越に「愛」の一字。米どころ酒どころの越後、山国の美味珍味の信濃・甲斐に心を寄せ、地元の食材、料理を愛してやまない。信州みそを兵糧(戦時の将兵の食糧)として珍重し、味噌蔵の保護に当たる。さらに淡麗辛口の越後の地酒と共に、甲州の葡萄酒を愛飲すると伝えられる。信州の野菜・甲州の果物も好物だという。

  • 新参 下克丞(しんざん げこくじょう)
    北関東代表

    新参 下克丞(しんざん げこくじょう)

    美食の聖地に颯爽と、馳せ参ずるは下克丞

    下克上は戦国の世のならい。馬上豊かな美少年、名乗るは新参下克丞。あらえびす(荒々しい東国武士)の跋扈する北関東に突如として現れ、神出鬼没。奇策を弄して諸国を切り取る。「味に覚え」の老将たちも刮目して希代の風雲児と呼び、あるいは「門前に馬をつなぐ(軍門にくだる)」かと戦々恐々。その活躍は史書「新参記」に詳しい。もともと北関東は進取の気性に富む「新しもの好き」の土地柄。*後年、常陸国(茨城)に、日本人として初めて醍醐(チーズ)や餃子などを食べたとされる食の開拓者、徳川光圀公(水戸黄門)を輩出したのもゆえなしとしない。さらに後世、北関東は宇都宮をもって駅弁発祥の地と喧伝されるにいたる。黒潮と親潮が出会う常陸の沖合、山里の恵み豊かな内陸の上野(群馬)・下野(栃木)と、変化に富む風土がもたらす美食の地、北関東。潤沢な食材を生かして下克丞、果たして天下統一の野望は成るか。紅葉舞い散るなか、奮戦は続く。

    • ※歴史的記述に関しては、諸説あるものもございます。
  • 具留米 舶来(ぐるめ はくらい)
    南関東代表

    具留米 舶来(ぐるめ はくらい)

    その名は具留米、先駆けをなす異風の武将

    フォークやナイフ、スプーンを自在に操る異風の武将。いでたちは南蛮渡来の意匠を帯び、絹帽(シルクハット)のような兜を目印とする。時の将軍に拝謁し、西洋料理のテーブルマナーを進講したとも伝えられる。さては伴天連(バテレン=伝道のために渡来した宣教師)かという噂もあるが、西洋人かどうか定かではない。「具留米舶来」の名乗りと装いは横浜・湘南・葉山など南関東のハイカラな印象と結びつくが、そのイメージは後世の話。戦国時代、南関東の多くは草深い寒村。その中にあって大胆にも多国籍の香りを身にまとい各地を転戦。先見の明ありと歴史家に評される。時代に先駆けた具留米の卓見は近現代に花開き、明治時代に日本初のサンドイッチ弁当、昭和に入ってシウマイ弁当、バー弁(バーベキュー弁当)など国際感覚の名物に結晶する。山海の豊かな食材を生かして美食にあふれる今日の南関東。インバウンドにも人気の高い駅弁に具留米は何を思うか。

  • 松花堂 幕内(しょうかどう まくのうち)
    東京代表

    松花堂 幕内(しょうかどう まくのうち)

    武芸も料理も腕が立つ、男まさりの幕内

    生まれも育ちも江戸のお城下。太平の世となりつつも武士道と共に武芸は残り、幕内も世継ぎのなかった松花堂家の武家屋敷で剣術・弓術・槍術などを修める。御前試合で披露された剣の腕前は居並ぶ旗本・大名を慄然とさせ、さらに学問にも秀で、立ち居振る舞いは凛とし、女性リーダーの先駆けと言われる。また、花のお江戸は食の都。諸国から集まる食材・食文化・庖丁人、「江戸前」と呼ばれる料理、「卵百珍」「豆腐百珍」などの料理本。「食いねえ!」と幕内も食の洗礼を浴び、食通列伝に連なる一人として名を残す。美食家を集めて宴席を開き、自ら料理に腕をふるい、香り高い「おもてなし」の文化を洗練させたと言われ、さらに盛り付けに工夫を凝らした究極の幕の内弁当を追究したと伝えられる。時代は下り、東京駅はひのもといちのターミナルステーションとなり、駅舎内は駅弁百花繚乱。江戸に開花した松花堂幕内の心尽くしの食の華。令和の世に咲き誇る。